フリーランスへの道, 戯言, 音楽

原点、また原点

さてさて、ここ最近、モチベーション低めな雰囲気を漂わせていた僕ですが、
 
つい先日、結構大きめのヒントを得た。
 
 
先に結論から言うと、
 
無駄な価値を創りたい
 
とか、
 
真面目にふざけたい
 
とか、そんな感じ。
 
 
 
全然わかんないと思うので、順を追ってく。
 
 
 
例えば、音楽。
 
 
まぁ音楽に限らず、エンターテインメント全般だけど、基本的には無駄なモノだと思うのよね。
 
絶対に人間に必要なものではないのよね。別に無くても死なないし。
 
 
だけども、僕を含め、沢山の人間が、音楽やら絵画やら演劇やら何やらかんやら、必要としていて、
 
僕ら、彼らにとってそれは、価値があるのよね。
 
だから、対価を払うわけで。
 
 
それは、社会的にどうだとか文化的にどうだとか知らんけども、紛れもなく、ひとつの価値で。
 
 
 
で、僕は今までずっと音楽やら笑いやらで、あんま社会的にどうとか文化的にどうとか、そんなこととは関係なく、価値を追求してきたわけだけど、
ここ半年ほど、ちょっとそっちをないがしろにしてきたな、と。
 
つい先日、嫁との議論の中で気づいたわけよ。
 
 
 
何つーか、
「フリーランスとして自分のビジネスを作り出さねば!」って一生懸命に考えてたら、やっぱりどうしても所謂“意識高い系”の情報にばっか目が向いてて、
 
勿論、意識高い系の小難しい話だとか哲学追求みたいなのが元来好きだってのもあって、
どんどんそっちの勉強・思考に身を委ねていったわけだが、
 
いつの間にか、偏ってたんだな。
 
 
 
 
ここ半年ほど、僕には“楽しい無駄な時間”が不足していたのだ。
 
 
バランスの問題。
 
“楽しい有意義な時間”の比重ばかりが増えすぎてたのだ。
 
 
 
 
バランス型の人間だと自負して生きてきたけども、それは、他者とのバランス感覚を得意としてるのであって、
 
実は、自分の中のバランスをとるのは、どうやら、すごくヘタらしい。
 
 
 
 
で、たぶん、その偏りが、意識高い仕事へのモチベーション低下に繋がってたんだと思う。
 
 
 
本当はもっとシンプルで、
 
社会を良くするために、とか、誰かに貢献するために、とか、そんな風に仰々しく考えるんじゃなくて、
 
例えば、Stew Heddのライブを観てくれてる目の前の人達を楽しませよう、とか、今話してる目の前の人を笑わせよう、とか、
 
僕は、そんなことでいいはずだし、そんなことしかできんのだよね。今のところ。
 
 
 
 
 
とかいうヒントを得た日の夜が、すごく久々のスタジオ練習で。
 
往きの車の中で、ふなくんにそんな話をしたら、
 
「なんか原点に帰ってきた感じで嬉しい」と。
 
 
 
そうかそうか。
僕、ふなくんとは、出会ってから27年間、ほとんどずっと一緒に、ふざけてきたんだったな。
 
 
 
ちゃんとふざけよう。
 
無駄に思えることに真面目に取り組んでみよう。
 
 
 
しばらく放ってた間に、福田おじさんもふなくんも、Stew Heddらしい、しょーもない新曲を作ってきとる。
 
なんて意識の低い曲なんだ。
 
スーパー楽しいじゃないか。
 
 
んばらくに至っては、あれだけ僕が意識高い系へ導こうとしたにも関わらず、全然働きたがらない。
 
なんて意識の低いラオス人なんだ。
 
 
 
相変わらずマネタイズの見通しは全く見えないけど、視界はとても良好。楽しくなってきた。
 
 
 
 
 
 
 

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